ヘチマの里・瀧田啓剛さん

2007年10月30日



今回ご紹介するのは、今や『へちまの里』として有名になった富山県射水市で、25年前(昭和57年)はじめてヘチマの有機栽培を行った瀧田啓剛さん(昭和15年生)です。

今や自然派スキンケアの定番となり、多くの女性にとってなくてはならない商品になったヘチマ水100%ローション『私の部屋』。 この完全無添加の化粧水を、へちまの栽培から手がけてきた方です。
今回はへちまの栽培に取り組んだきっかけから現在に至るまでのお話を、ちょうどヘチマ水の収穫が最盛期のお忙しい中、お聞きしました。

(じまブロ元気村編集部 以下:編)
へちまの栽培を行ったきっかけは?

(瀧田さん 以下:瀧)
実は私はNTT(当時の電電公社)の会社員だったんですよ。でも家は農家でお米も野菜も作っていて、何故か農協では青年部の部長をやらされていました。当時婦人部で毎年新たな作物の栽培をやってみようという企画があって、その中にヘチマがあったんです。
そのヘチマの栽培を見て僕は何故かピンときたんです。でも農協の婦人部では1年ごとに別の物の栽培をやるっていうんで、しかたなく自分の畑、だいたい300坪ほどを潰してへちまの栽培をやってみることにしたんです。
不思議ですよね。だって当時はヘチマ水が化粧水になることすら知らなかったんですからね。
でも当時から農家はただ単に生産するだけではなく、何か新しい特産物などを作り出す工夫を常にしていかなければ生き残っていけないという考えは強く持っていました。


(編)
へちまの栽培はうまくいったんでしょうか?

(瀧)
○雑草との戦い へちまの里
で、ヘチマの栽培にとりかかったですが、どうせやるなら無農薬有機栽培でということで取り組みましたが、ヘチマよりも雑草育ててるみたいな物で、ホント大変でした。

当時は僕はサラリーマンもやってて仕事が終わると雑草取りに毎日通いましたが全く追いつかない。へちま畑は見事に草だらけにしてしまって周りにも随分迷惑を掛けてしまいました。これは本来農家としてはやってはいけない事で、ご近所からは随分おこられましたよ。
草を生やすと栄養がとられてヘチマも元気に育たないし病気になる。除草剤を使えばいいことですが、それは絶対にやりたくなかった。それで土の上にシートを被せたり色々やりました。
工夫するのは凄く好きだったんで試行錯誤してやっているうちに、何とか有機栽培でヘチマを元気に育てられるようになってきました。


(編)
それでヘチマ水の販売に取りかかった?

(瀧)
いえいえ、当初はヘチマ水なんて物も知りませんでしたし(笑)
○ヘチマ水
でも自分なりに色々調べたりしていると、戦時中へちまの栽培を行って、それを販売した、なんていう話を知人から聞いたんですよ。 実際にうちの家内に聞いてみると凄くいいらしくて、美白効果がどうのこうのって言ってました。(笑)
美白とか言われてもチンプンカンプンだったんですが、それを聞いてヘチマ水をとる事にしたんです。
そこで有志を集めてへちまの生産組合を作って、かなり本格的に大々的に栽培をはじめちゃったんです。
でも変な話で、ヘチマ水を販売する方法も何も知らないんですよ。生産してもそれを販売するあては全くありませんでした。まったく、とんでもない計画ですよね
それでも、東京のある化粧品メーカーに売り込みに行って、何とか購入してもらうことになったんです。

○窮地
それで、ヘチマの栽培はちゃんとお金になるって事で、へちま生産組合員にも、どんどん生産してもらいました。
ところが翌年ヘチマ水を購入してもらうはずの化粧品メーカーから、まったく注文がこない。僕もいい加減で、契約なんて全くしてなかったですし、、、
でも畑ではヘチマの植え付けも終わって、どんどん生産する体制になっちゃってて、組合員が作ったヘチマ水は僕が全部買い取らなければいけない。
量にして10トン。
保管しておく倉庫もなくて農協の倉庫を何とか借りてそこにストックしたんですが、その膨大な量のヘチマ水を見て、呆然としてしまいました。


お恥ずかしいお話ですが保管しきれなくて、仕方なく河原に軽トラで持って行っては、泣きながら川に流したこともあったんですよ。

だから今でも川を見ると、あの時の苦しい思いがこみ上げてきます。


(編)
お辛かったでしょうね。

(瀧)
そう。だからあそこの橋を渡るときはなるべく下を見ないようにしています(笑)
でも、あれがあったから今がある。 そう思っています。

○自分で製品にする
当時は、もう八方塞がりでした。
へちまの栽培を自分で多くの方に呼びかけた以上、途中でやめるわけにも行きませんし、生産しても販売するあてもないんですから。買ってくれって営業に廻っても誰も相手にしてくれません。

そこで考えたのが、自分で製品にして販売するって事です。これからの農家は生産から販売までも考えて行かなければいけないって言う思いもありましたし、でも何より、そうなった以上自分で製品にして売るしかなかったですからね。他に方法はなかったんです。
当時、有機栽培のヘチマ水はそのまま保存しておいても全く腐らない技術も確立していましたから、何とかなるような気がしたんですね。

そんなときに五洲薬品という入浴剤を専門にしている地元のメーカーさんの営業と知り合って、何とかならないのかと相談したんです。
そうしたら、五洲薬品さんも僕の思いをくみ取ってくれて色々動いてくれました。なんせヘチマ水100%の化粧水なんて事例がありませんから、事例がない物を認可してもらうって普通は出来ないんですよ。
防腐剤を入れないヘチマ水だけの製品なんて、普通はメーカーも作りませんよ。責任もてませんからね。


瀧田啓剛さん第2回に続く


瀧田さんのヘチマ水100%ローション『私の部屋}はこちら


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へちまの里・瀧田啓剛さん<第2回>

2007年10月15日



へちま水 前回は、瀧田さんはヘチマ水100%の化粧水を製品化するまでの苦労をお話しして頂きました。
さて、今回は製品が出来上がってから現在までのお話です。
瀧田啓剛さん第1回はこちら


●地下道に段ボールで眠ることに・・・

(じまブロ元気村編集部 以下:編)
ヘチマ水100%ローション『私の部屋』が出来上がって、いよいよ販売しだしたんですね。
販売の方は順調でしたでしょうか?


へちまの里(瀧田さん 以下:瀧)
いやいや。いまでこそ『私の部屋』は、多くのお客さまに受け入れられていますが、当時は全く売れませんでした。
といいますか、売る方法も販売について全く素人の私には皆目解らなかったんですよ。この商品が消費者に受け入れられるのかどうかも、全く解りません。


(編)
じゃあ、初めは何からはじめたんですか?


(瀧)
当時、大島町(現在は合併で射水市)で、変わったことをやっているヤツがいる、って事でNHKテレビの取材もうけるようになりました。
でも、テレビに出れば売れるだろうって思うでしょうが、全く売れませんでしたね。だいたい当時(20年以上前)は無添加、無農薬、有機栽培なんて言葉も一般的じゃありませんでしたからね。

しかたなく東京や、名古屋、大阪のデパートの物産展などに参加して、車にヘチマ水をのせて運んでいっては一生懸命販売しました。 これが辛かった。
隣の名産品コーナーなんかの商品は黒山の人だかりでも、私の前には全く人がよってこない。
持ってきたヘチマ水をそのまま車に詰め込んで帰るのは、本当に辛いし寂しかったです。イベントに参加しても交通費、宿泊費は全部赤字。家計も家内に働いて養ってもらっている状態でしたね。

当時、名古屋駅の地下道には段ボールを敷いて寝泊まりしている人が沢山いました。
家にも帰りにくくてね。そこを通るときに真剣に思いましたよ。

 「私も、もうすぐこの人達の仲間入りだな・・・」




(編)
でも今は沢山のヘチマ水ファンがおられるんですから、何か転機があったのでしょうか?


へちま畑 (瀧)
ある時、大阪の『ちちんぷいぷい』っていうローカルテレビ番組から出演のお誘いがありまして、地方の特産品の特集をやるから出演して欲しいって話だったんです。
その収録で色々へちまの栽培の事を聞かれましてね。 私もヘチマの話になると夢中になって話をする。 ところが色々話をしているうちに、これまでの色々な想いが急に溢れてきて胸が詰まってしまって情けないことに言葉にならなくなっちゃったんですよ、、、
まあ何とか収録は終わったんですが、
そしたら、その翌日から凄い勢いで電話で注文が入るようになりました(笑)
テレビで、みっともないところを見せてしまって本当に恥ずかしかったのですが、結果的に私のヘチマに対する想いが、皆さんに伝わったみたいです。
それから、みなさん繰り返し注文してくれるようになったんです。


(編)
瀧田さんのヘチマ水の良さが受け入れられるようになったんですね。


(瀧)
それと、もう一つはタイミングというか時代だと思います。
富山の水 私がへちまの栽培に取りかかった頃は、まだまだ化学成分が良くないなんて認識は、ほとんどなかったんです。無添加とか無農薬栽培といっても皆さんはピンとこない時代だったんですね。
それが化学成分の害が社会的にクローズアップされるようになって自然の物の良さが徐々に見直されてきた。そういうことだと思うんです。



(編)
へちまの栽培に取りかかってからの話をして頂いたのですが、これまでを振り返ってみて一番心に残ることは?


(瀧)
ヘチマ水を受け入れてくれたお客さまへの感謝の気持ちは当然ですが、今まで随分周りにお世話になったし迷惑を掛けてきました。ヘチマ畑を雑草だらけにしたりね(笑)
当時、私の親は何も言いませんでしたが、おそらくご近所からも随分色々なことを言われたんだと思います。だけど、私には何も小言は言いませんでした。近所からの恨みを親が受け止めてくれたんですね。
そのおかげで、へちまの栽培も続けられたんだと思います。
家内にも養ってもらいましたしね。(笑) 本当に家族には感謝しています。



<瀧田啓剛さん最終回>自慢人に続く


瀧田さんのヘチマ水100%ローション『私の部屋}はこちら


 ↓今では大島地内にこんな交通看板もあります
大島地内の交通看板
  

へちまの里・瀧田啓剛さん<最終回>

2007年10月02日



第1、2回では、瀧田さんがへちまの栽培に取りかかってから現在までの色々なお話伺いましたが、今回は瀧田さんが今現在どのようなことをお考えになっているのかを伺いました。
瀧田啓剛さん第1回> <瀧田啓剛さん第2回はこちら



●要らない物を捨てる時代は終わった

(じまブロ元気村編集部 以下:編)
これまで大変な苦労をしてへちまの栽培を続けてこられたわけですが
ヘチマのこれからのことについて少しお聞かせください。


へちまの里 (瀧田さん 以下:瀧)
25年やってきて、なんとか軌道に乗ってきたという感じですが、周りの皆さんを巻き込んでへちま栽培に取り組んできたわけですから、やっぱりへちまの栽培、生産をすることによってちゃんと利益を出すという責任があります。そのためにはこれからも色々な工夫をしていかなければいけないし、その責任があると思っています。

ヘチマの栽培をやっていて生産者として何時も思うんですが、一生懸命に育てた物を捨てるというのは非常に辛いしもったいないと思うんです。昔から農産者は色々な工夫をして自分の育てた物を最大限利用してきました。お米を作れば藁を編んで色々な物をこしらえる。
ヘチマについても同じで、ヘチマを育てるとヘチマ水を採取して、ヘチマ実でヘチマのタワシを作る。だけど茎や葉っぱは廃棄するんです。

へちまの葉を乾燥した物(現在実験中)


だけど要らない物を捨てる時代は終わりました。せっかく丹精込めて育てたものだから、もったいないじゃないですか。要らないと考えている物を利用して、何かいい物を生み出す工夫をしていきたいんです。

ヘチマには他の物にはない特性がありますからね。
例えば今取り組んでいるのがヘチマのお茶。これは色々な人に試飲してもらったけどとてもいい物が出来ました。他にも葉っぱを乾燥した物などの利用法も現在思案中です。


●生産者も消費者目線で

(編)
瀧田さんは射水市のお米の生産についてもお考えがあるとお聞きしましたが、

(瀧)
ヘチマ水 これからの生産者は何でも消費者の目線で考えなければいけないと思っています。お米もそうですが、お米作ってそれを農協や問屋さんに買い取ってもらう。その繰り返しでは生き残っていけない時代です。いくらいい物を作っても生活も成り立たないのでは、跡を継ぐ若者もいません。

お米といえば新潟魚沼産が大きなブランドですが、味だったら富山のお米も負けていないという自負が我々にはあります。
しかしそれだけではダメで富山米の良さ、おいしさを消費者に伝える努力をしていく消費者目線が必要だし、そのために常に何かに取り組んでいかなければいけないと思います。


●「自然の力」ということでいいじゃないですか?

(編)
最後に、何かヘチマ水の愛用者の皆さんにお話したいことなどがあれば

(瀧)
そうですね。
よく頂くお問い合わせに、「今回ヘチマ水を購入したが前回と香りがちょっと違う」という様なお話があります。
これは、100%無添加のヘチマ水というのは基本的に農産物と同じで、採取する日やタイミングによっても微妙に異なってきます。PHだって完全に一定ではない。
でもそういう苦情があるからといって、PH調整を行ったり、香料を使ったりしたら本末転倒で、それは無添加の製品ではなくなってしまいます。
ヘチマ水は、基本的に農産物なんです。それを理解してもらいたいし、理解してもらう努力が我々にも必要だと思います。

へちま水 他にも、ヘチマ水は何も防腐剤を入れなくてもちゃんと保管すれば腐ることはありませんし、化粧水として即効性はなくても長く愛用してもらうと凄く効果を実感してもらえます。
これが何故なのか、どういう成分がどう作用しているのか、ということを大学などで詳しく分析してもらったら?というお話もあるのですが、自然の力を分析して難しい化学式を並べても面白くも何ともない、って思うんです。

私の家の蔵には40年前に採取したヘチマ水が保管してありますが、今でも全く腐らないし、見た目ではさらに透明感が増してます。だけど、それを分析するなんて言う気にはなりません。

それは
「自然の力」ということでいいじゃないですか。その方が面白いでしょ(笑)


それと、ヘチマ水の販売について言えば、やっぱり地道に一緒にやって行って頂ける方とおつきあいしたいと思います。今は海外でもヘチマ水は注目されているようで、ヘチマ水の取引の申し込みがあったりしますが、一時的なお取引はしません。私どものヘチマ水の良さをきちんと理解して頂けて、愛用者の皆様にもきちんとその思いを伝えて頂ける、そういう皆さんと末永いおつきあいして行きたいと思っています。

<じまブロ元気村『自慢人』 瀧田啓剛さん 終わり>

ヘチマ最中 ヘチマ最中

 ヘチマ最中とヘチマ茶をご馳走になりました。
ヘチマ茶は香ばしい香りで、とても飲みやすいお茶です。
 お通じにも凄くいいそうです。


大島地内の交通看板 へちまの里最中



瀧田さんのヘチマ水100%ローション『私の部屋}はこちら


瀧田啓剛さん第1回
瀧田啓剛さん第2回はこちら